オーストラリアの外国語教育に学ぶ! ―9年前のオーストラリアホームステイが懐かしい

岡山スマホユーザー会というコミュニティーに東京方面からわざわざ行ってる変人です。そこでお世話になっている岡山の隣の香川県に住んでいるプロブロガー・ヨスさんのFacebookのリンクを見て、寝ようと思っているのにも関わらず、レッツノートを開いてしまいました。

オーストラリアの外国語教育について、いろいろと役に立ちそうなことがあるので、いろいろと書きます。

間野のオーストラリア歴

2008年に高校の国際交流の一環で夏休みに開催された自主的なオーストラリア研修に参加しました。行った先は、ニューサウスウェールズ州とビクトリア州の境界の小さな町です。学校関連以外で日本人がいない中、10日ぐらい、英語だけの生活に触れました。日本語を話さない日も数日あって、自分の中ではすごい葛藤がありましたが、行って英語力と度胸がついた気がします。

ホームステイ先のバディーの学校で、日本語の授業に参加したのですが、やはり現地の教育は進んでました。そのお話は後述します。

オーストラリアの外国語教育には教科書がない

ビクトリア州教育省では、定められた外国語修得の進捗目標はあります。ただ、その具体的方法は各学校および先生に任されています。教科書は政府が定めているものが無いので各学校の先生が選んだもの、もしくは自作の教材を使っています。

確かに2008年にオーストラリアに行った際には、教科書など見かけませんでした。でも、日本人の先生がいて、少人数のクラスで丁寧に授業が行われていました。

日本語の英語教育と対照的だなと思うのが、外国語の4スキル(読む・書く・聴く・話す)をバランス良く修得するということ。

もっぱらその通りです。

オーストラリアの研修に行ってから、いかにも日本の英語教育が「読んだり」「聞いたり」と受動的な面が多いことを痛感しました。一応、中学校にはネイティブの英語の先生がいましたが、実際に一対一とのコミュニケーションではなく、ただ喋る教科書的な存在だったような気がすごいします。

また、日本の学校に比べてこちらの学校で多いのがアクティビティー。日本語でいえばひらがなカルタ、フラッシュカードを使ったもの、最近はICTのデジタルツールを使ったものも多用されています。

アクティビティもすごい有効的ですが、日本の学校ではただゲームというか勉強時間を水増しするためのものの感じがしました。語学で有名な獨協大学の英語の授業ですら、スピーキングの授業のアクティビティでは。ネイティブの先生がいても、学生同志で英語で会話してても文法の間違いとか発音など間違っている点を指摘できないので、これはスピーキングの授業の意味がないなと正直なところ思ってました。

でも、日本の学校はICTに関してネガティブなイメージがあるところもありますが、ただ英語を使って “遊ぶ” のではなくて、”外国語を使わせる” という視点に立つべきです。

外国語とは「文化」を学なければならないと思う

Flickrより

外国語学習において、その国の文化について学ぶのも大切な項目とされています。

たとえば日本語であれば、アクティビティーにラジオ体操をやり、それにまつわる 5W1H (いつ、だれだ、どこで、何を、なぜ、どうやってやるのか)について考えます。

英語教育が盛んで、積極的に英語を勉強させられた高校、語学で定評のある獨協大学に行ってても、やはり日本の教育では外国語の授業ではなかなか文化を学ぶというのは軽視されていた気がします

Flickrの画像の通り、外国語は学問ではなくて “使う” ものなので、やはり相手の価値観も理解しておかないとコミュニケーションが取れないのは事実だと思っています。

AIの時代が来ても外国語の勉強は必須だと思ってます

オーストラリアの外国語教育なども踏まえると、外国語は相手の文化を正しく学ぶツールだと考えています。仮に、人工頭脳が発達して、翻訳などがスムーズにできたとしても、相手の国の文化がわからなければ戸惑うことばかりです。

でも、どんなに教育要項が変わろうとも、外国語学習の要になるものがあります。それは実際に外国語を使って「反応を得たとき」。日本であれば、外国から来た留学生に英語を使ってそれが通じたとき。その時に使った言葉と感動というのは記憶に定着するし言語を学ぼうというモチベーションになるものです。

日本の英語教育は、引用の通り、意識するべきだと考えます。でも、AIが進化しても、AIを使う前までの最低限の会話はできるべきです。

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